| 12 November 2009

プミポン・アドゥンヤデート国王陛下の御経歴
プミポン・アドゥンヤデート国王陛下はチャクリー王朝 9 代目として、 1946 年 6 月 9 日に王位を継承されてからこれまでの間、国家や国民の利益、幸福のためにさまざまな御公務を果たしてこられました。
プミポン国王陛下は 1927 年 12 月 5 日月曜日に米国のマサチューセッツ州ケ ンブリッジのマウントオーバン病院にてお生まれになりました。マヒドン親 王殿下(ラーマ 5 世とシーサワリン王妃陛下との間の王子)とシーナカリン親王妃殿下との末子で、姉君にはガラヤニ・ワッタナー内親王殿下、兄君には後のラーマ 8 世アナンタ・マヒドン親王殿下がいらっしゃいました。
1933 年までバンコクのマテー・デイ・スクール( Mater Dei School )にて初等教育をお受けになり、その後、スイスのローザンヌで初等・中等・高等教育を受け、ローザンヌ大学に進学し科学を専攻されました。

1946 年 6 月 9 日チャクリー王朝第 8 代王アナンタ・マヒドン国王陛下が突然 御崩御されたため、プミポン親王殿下が同日王位を継承し御即位あそばされました。しかし、学業半ばであられた国王陛下は、再びスイスに戻り学問をお続けになられました。その際、もともと専攻されていた科学から法学、政治学へと御専攻を変更されました。
1950 年 4 月 28 日プミポン国王陛下はモム・ラーチャウォン(王族の位階の尊称)・シリキット・キティヤーコーン嬢と御成婚され、翌月 5 日、儀式を執り行い王妃陛下の位階をお与えになりました。
戴冠式は古くからの王室の慣例により王宮内のパイサーンタクシン堂で行 われ、金の銘板に国王陛下の御名である「プラバート・ソムデット・プラパ ラミンタラ・マーハー・プミポン・アドゥンヤデート・マヒタラーティベ ート・ラーマーティボディー・チャクリーナルボディン・サヤーミンタラー ティラート・ボロムマナートボピット」が記されました。そして国王陛下は「 タイ 国民の利益と幸福のために正義をもって統治する」と初めて即位宣言をされました。
また、王妃陛下はその名誉を称えられ、 “ ソムデット・プラナーンチャオ ・シリキット・プラボロムラーチニー ” の位階を授けられました。その後、国王陛下が仏門に入られた時、王妃陛下が国王陛下の公務代行を果たされたことを称え、 1956 年 10 月 22 日、王妃陛下に “ ソムデット・プラナーンチャオ・シリキット・プラボロムラーチニーナート ” の称号をお与えになりました。
プミポン国王陛下とシリキット王妃陛下の間には、皇太子殿下1人と王女殿 下 3 人がおられます。 
1. ウボンラット王女殿下 1951 年 4 月 5 日御生誕。
2. ワチラロンコーン皇太子殿下 1952 年 7 月 28 日御生誕。 1972 年、ソムデットプラボロムオーラサーティラート・チャオファーマハ ーワチラロンコーン・サヤームマクットラーチャクマーン(皇太子)の位階 を授けられました。
3. シリントーン王女殿下 1955 年 4 月 2 日御生誕。 1977 年、ソムデットプラテープラッタナラーチャスダー・チャオファーマ ハーチャクリーシリントーン・ラッタシーマークナーコーンピヤチャート ・サヤームボロムラーチャクマーリーの位階を授けられました。
4. チュラポーン王女殿下1957 年 7 月 4 日御生誕。
Press Release
- 【英語】 Information on Mechanisms under the Government's Reconciliation Plan Independent Fact-finding Commission for Reconciliation
- 【英語】 Emergency Decree lifted in three more provinces as steady progress made on reconciliation plan
- 【英語】 Strait Times : One-on-one with Abhisit
- 【英語】 Statement on the World Heritage Committee's Decision on the Temple of Phra Viharn
- 非常事態宣言、さらに6県で解除
- 和解のための国家独立真相究明委員会広報ニュース
- 【英語】 Emergency Decree revoked in three more provinces
- 5県において非常事態宣言解除
- 騒動中にタイを訪問する外国人のための補償制度
- 首相はタイの改革を呼びかけ







