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皆さんもニュース等でご存知かと思いますが、今回ご紹介するのは、今年の9月17日から28日までアテネで開催された第7回パラリンピックにタイ国籍でありながら日本代表として出場、陸上車椅子男子800mで金メダル、400mで銀メダル、400m×4で銅メダルを獲得した安岡チョークさん(31歳、本名:プラソップチョーク・クラングン)です。
タイ王国大使館がチョークさんと連絡を取ったところ10月下旬に他の選手達と天皇皇后両陛下とのお茶会に出席するために大分県から上京する予定があるということで、奥様の安岡由恵さんと大使館にお越し頂き、お話をお伺いしました。チョークさんはプラチュワップキーリーカン県プラーンブリーの生まれで、先天的に両脚がありませんでした。タイの東部チョンブリー県パタヤの専門学校で電気製品の修理を学んだ後、ジャンタブリー県のある電気製品販売店で修理工として働いていました。
仕事をしながらでしたが、チョークさんは車椅子競技に興味を抱くようになり、真剣に練習に取り組み始めました。そして初めて出場した国際大会である1994年に日本で開催された第14回大分国際車椅子マラソン大会で6位入賞を果たしました。チョークさんの真面目さと弛みない努力が、その2年後の第12回東京車椅子マラソン大会における初の金メダル、数々の国際大会への出場、そして今回のアテネ・パラリンピックでの3個のメダルに繋がったものと思います。
今回タイ国籍のチョークさんは、日本障害者スポーツ協会と国際パラリンピック委員会の特別措置で日本代表に選ばれました。その理由としては、日本人と婚姻していること、また2002年から大分県内のひらた医院で看護助手として働いていることがあります。
チョークさんは、生まれ故郷としてタイへの愛着はあるが、自分のような外国人の障害者にチャンスを与え、尊重してくれた日本の社会に感謝している、と言います。11月にはタイに一時帰国して、日本での様々な経験や身障者スポーツの発展に関する意見等をタイの人達に語り、励ましたいとのことです。今回のメダルはタイ代表として受けたものではありませんが、チョークさんのこれまでの努力、ひたむきさ、そしてチョークさんが社会の中で良き手本、また人々の励みになり、こうして極自然な形でタイと日本の関係を密接にする文化大使的な役割を果たしていることは、メダルより価値があり、意義深いことかもしれません。
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天皇陛下から頂いた銀杯 |
インタビュー:アルン タンペンシー
広報文化部
在京タイ王国大使館
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